
なぜクリエイターは散歩でアイデアが浮かぶのか
「アイデアに詰まったら散歩する」という話は、漫画家や映画監督、そしてデザイナーの間でもよく聞かれます。実際、多くのクリエイターが散歩中に画期的なアイデアを思いついた経験を持っているでしょう。
確かに散歩をすると、今までボトルネックのように流れが詰まっていた思考が一気に開放され、新しいアイデアによってドンドン霧が晴れていく感覚を味わえます。これは単なる気分転換以上に、どうやら科学的根拠のある現象のようなのです。
散歩がアイデア発想に効果的な理由
身体的活性化による脳の活性化
身体を動かすことで新しいアイデアが浮かびやすくなる——多くのクリエイターが経験的に知っているこの現象を、スタンフォード大学の研究チームが科学的に証明しました。
スタンフォード大学の創造性実験

2014年に発表された研究では、176人の参加者を対象に「座っているとき」と「歩いているとき」の創造性の違いを測定しました。
-参照 :Stanford study finds walking improves creativity
課題1:発散的思考テスト
「タイヤの新しい使い道を考える」など、日用品の斬新な活用法をできるだけ多く挙げる課題
課題2:創造的類推テスト
「盗まれた金庫」のような短いフレーズから、深い意味や独創的な解釈を導き出す課題
↓
驚くべき結果
・歩行中は座位時と比べて、創造的な回答が60%増加
・特に屋外歩行では、ほぼ全員が質の高い斬新なアイデアを生み出すことに成功
この研究が示すのは、歩くという単純な行為が、私たちの創造的思考を劇的に向上させるという事実です。
歩行によって脳の血流が改善され、前頭前野の活動が活発になることは広く知られています。しかし、アイデアが生まれやすい状態を作り出すのは、単なる血流改善だけではありません。
散歩の醍醐味の一つである「次々と移り変わる風景」こそが、創造的思考に大きな影響を与えているのです。歩くたびに視界に入る新しい景色、予期せぬ出会い、変化する光と影——これらのランダムな視覚刺激が、脳に新鮮な情報を送り続けます。
ランダムな視覚情報による刺激
散歩中は様々な視覚情報がランダムに飛び込んできます。これは、いわゆる「蛸壺状態」に全く異質な存在が飛び込んでくることで、急に思考の場が動き出すのと同じ効果があります。街角の看板、通りすがりの人々、季節の変化など、予期しない刺激が既存の思考パターンを破り、新たな発想を生み出すきっかけとなります。
科学的に証明されたその他の効果
ミシガン大学の環境心理学者カプラン夫妻が提唱した注意回復理論(※とっても面白いので概要まとめておきます)は、なぜ散歩はアイデアを誘発し、集中力を高められるのかを科学的に説明しています。
私たちが仕事で酷使する「指向性注意」(意識的に集中する力)は、散歩によって回復し、その後の作業での集中力が格段に向上するのです。
さらに興味深いのは、散歩中に活性化する「デフォルトモードネットワーク(DMN)」(※これも面白いので、概要をまとめておきます)の存在です。
これは脳が「何もしていない」ときに働く特別なネットワークで、まるで脳が勝手にアイデアの断片をつなぎ合わせる「自動編集モード」のようなもの。
歩いているうちに突然アイデアが降ってくる感覚——それは、このDMNが裏で静かに働いている証拠なのです。
つまり散歩は、「疲れた脳を休ませる」と同時に「創造的な脳を目覚めさせる」という、一見矛盾するような2つの効果を同時にもたらしてくれる、デザイナーにとって最高の創造性向上ツールと言えるのです。
※注意回復理論 概要
注意回復理論(Attention Restoration Theory, ART)とは:
提唱者と背景: この理論は、1989年にミシガン大学の環境心理学者であるレイチェル・カプラン(Rachel Kaplan)とスティーブン・カプラン(Stephen Kaplan)夫妻によって提唱されました。彼らは人間の注意力のメカニズムと、自然環境が持つ回復効果について研究していました。
理論の核心: 注意回復理論では、人間の注意力を2つのタイプに分類しています。
- 指向性注意(Directed Attention):意識的に集中を維持する注意力。仕事や勉強など、努力を要する活動で使用されます。これは有限のリソースで、使い続けると疲労します。
- 非随意的注意(Involuntary Attention):努力なしに自然に引きつけられる注意力。美しい景色や興味深い現象に自然と向けられる注意です。
回復のメカニズム: カプラン夫妻は、自然環境には「回復的環境」としての4つの特性があると主張しました:
- 離脱(Being Away):日常から物理的・心理的に離れること
- 広がり(Extent):豊かで一貫性のある環境に身を置くこと
- 魅力(Fascination):努力なしに注意を引く要素があること
- 適合性(Compatibility):個人の目的や傾向と環境が合致すること
デザイナーの創造性という文脈では、散歩によって指向性注意を休ませることで、その後のデザイン作業での集中力と創造性が高まるという応用が考えられます。この理論は、なぜ散歩後にアイデアが湧きやすくなるのかを科学的に説明する重要な根拠となっています。
デザイナーの創造性という文脈では、散歩によって指向性注意を休ませることで、その後のデザイン作業での集中力と創造性が高まるという応用が考えられます。この理論は、なぜ散歩後にアイデアが湧きやすくなるのかを科学的に説明する重要な根拠となっています。
【デフォルトモードネットワーク(DMN)とは?】
2001年、ワシントン大学の神経科学者マーカス・レイクル(Marcus Raichle)らの研究チームが発見した脳の不思議なシステム。タスクに集中していない「ぼーっとしている」ときに活性化する脳内ネットワークのことです。
それまでは「休息中は脳は活動していない」と信じられていたので、この発見は常識を覆すものでした。
DMNが活発になるとき:
- 散歩中や入浴中
- 電車の窓から景色を眺めているとき
- 単純作業をしているとき
DMNの創造的な働き: このネットワークが活性化すると、脳は過去の記憶、知識、経験を自由に組み合わせ始めます。普段は結びつかないアイデア同士が突然つながり、「あっ!」という閃きが生まれるのです。
デザイナーにとっての意味: アイデアに行き詰まったとき、パソコンの前で唸るより、一度席を立って散歩に出る方が効果的な理由がここにあります。DMNは「努力しないこと」で活性化するという、クリエイティブワークの逆説的な真理を教えてくれています。
デジタル環境に「散歩効果」を取り入れる方法

これらの散歩効果をデザイナーの作業環境、特にAdobe Illustratorのようなデザインソフトの使い方にも応用できないか。そう考えて実践しているのが「デジタルさんぽ環境」の構築です。
もちろん、時間があれば実際に散歩に出るのが一番。しかし現実には、締切に追われる日々の中で、優雅に散歩を楽しむ余裕などないことがほとんどです。
だからこそ、画面の中で「さんぽ」できる環境を作る。
デスクにいながら「さんぽ性」を維持する——これが私なりの解決策です。
Adobe Illustratorアートボードの「さんぽ的」活用法
複数アートボード間にアイデアを散りばめる
ロゴデザインや販促物デザイン、webデザインを行う際、私は意図的に多数のアートボードを用意し、アートボードとアートボードの間(つまりデザインを描画したり、構築する場所ではない、外の空白領域に)顧客ヒアリングで得た要素を自由に散りばめます。
それは直接的なキーワードだったり、なんとなく連想した画像、会話の端々で気になった言葉、さらに全然関係ない写真まで——これらを雑多に配置することで、まるで街を歩いているような「偶然の出会い」が生まれる環境を作ります。
ズームアウトで「デジタルさんぽ」を始める
そして煮詰まったとき、私は画面を思い切りズームアウトします。個々のデザインから離れ、散りばめられた要素全体を俯瞰しながら、ただぼーっと眺める。この瞬間、まさにデフォルトモードネットワークがオン(DMN ON!)になります。
意識的にデザインを「考えよう」とするのをやめ、視線を画面全体にさまよわせる——すると不思議なことに、離れた場所にある要素同士が頭の中で勝手につながり始めます。「あの写真の曲線」と「このキーワードの響き」が突然結びつき、新しいロゴの形が浮かび上がる。
これこそ、デジタル環境で再現した「さんぽ効果」です。
この手法は、私が[美術鑑賞から学んだ「対話で着火される想像力」]の考え方とも深くつながっています。散りばめられた要素との視覚的な対話が、新しいアイデアを「着火」させるのです。
お気軽にご相談ください
ロゴ制作・チラシやウェブなどの販促デザイン等に関するご質問やお見積もりは、いつでもお気軽にお声がけください。
あなたの事業に最適なロゴソリューションを一緒に見つけましょう。
ぜひ、XやInstagramのフォローもお願いします!